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一日早めのひなまつり

文字色写真-ひな祭り
一日早いひな祭り
 今日は孫娘の初めての一日早いひな祭り。私がたまたま休みだったせいだ。長男の家へお招き。来月1歳になる孫娘には何が何だか分からない。お嫁さんの実家からのお雛様と孫のショットである。iphoneでの撮影だと、孫の素早い動きに間に合わなくて、殆どがブレてしまう。本人は何故いつもと違って、着物を着せられているのか分からない。
頭のリボンもウザイだけであろう。3代が着た着物だとのことだ。しかし、自分が主役であることは知っているようでテンションは異常に高い。
 長男のお嫁さんの手作りの蛤のお吸い物や、チラシ寿司やその他の料理などおいしくいただいた。改めて、苺の出回り時期がこのひな祭り前後がピークで有ることを知った。もう、5月の路地モノを食べる時代ではないのだ。




-医療費のお知らせ
 "医療費のお知らせ"
いつも送られて来るこのお知らせ、何のためだか、良く分からない。他の人はどうも思わないのだろうか?
私は月に一度、呼吸器科に気管支炎の薬を処方して貰っている他、半年に一度検診をして貰っている。このお知らせには肩書きに"健康保険で診療を受けられたご加入者の皆様に、健康に対する意識を高めていただくことを目的とし、定期的に「医療費のお知らせ」を発行しています。"とある。こんな、明細が健康に対する意識を高めることなどどうしてできるんだろう?全く無意味な郵便物だと思う。
 オマケに"このお知らせを受け取ったことにより、特に手続き等の必要はありません。確定申告(医療費控除)の
際の明細書や領収書としては使用できませんのでご注意ください。”とある。
 人を馬鹿にしてるのにもほどがある。何にも使えない紙切れを(ゴミ)膨大な受診した健保加入者に無意味に送っているのだ。コスト意識の欠如が甚だしい。確定申告(医療費控除)に使えないのではなく使えるのならこのお知らせはとても有益な書面となる。
 どうして、子供でもわかるような理屈がわからないのだろう。欄外には”*この医療費は、協会けんぽにおいて平成21年12月から平成22年11月までの間に受け付けた診療報酬明細書等(レセプト・柔道整復施術療養費)
を記載しています。"とあるので、けんぽから診療明細のデータは行っているようだから、せめて使えるお知らせして欲しいものである。そもそも協会けんぽと全国健康保険協会と2本立てで要るのかな?医療費不足だとか、医療後進国と呼ばれているのに、広島の場合広島駅の新幹線口の地代の高いビルに入居して実態のない業務を行っているとしか思えない。どうせ天下りのための受け皿だと思うけど。

 アフリカ、中東ではTwitterなどのネットによる情報の伝達によって、政権が次々と革命的倒されている。
日本でも訳の分からない茶番劇のような政治ゴッコが行われ、貴重な税金は湯水のように無駄遣い、そしてとうとうアイルランド、イタリア、ポルトガル、などに続くであろう債務超過の現実がある。これは悪政とそれに対する国民の無関心の結果であり、革命前のアフリカや中東諸国と何ら変わりはない。(私は特定の政党にもなんらの思想的グループにも属しておりません;念のため)
 リーダー不在の今、”おかしいことはおかしい”と声を発する時代かも知れない。この意味でたった一枚の「医療費のお知らせ」に噛み付き問題提起した。






島の春まだ来たらず


外入
2月19日山口県周防大島へ帰る。細君の出身地である。東和町外入(とのにゅう)というところだ。主たる目的は細君の両親の墓参りと残されたミカン畑の辺に亡き義父が植えたフキノトウを採るためである。
 外入の集落の通りには人影はない。周防大島と言えば、長寿の島で有名。20年前は元気な人なつっこい笑顔のお年寄りを島のあちこちで見かけた。今、そんなお年寄りを見かけない。上の外入の通りの写真の中に、20年前だったらネコ車や、老人車を押す元気機なお年寄りの一人や二人は写っていたはずである。
 島の道路はその当時より格段に整備され、通行する車は増え、轢死する狸の死骸が増え、コンビニができ、別荘地が分譲され、釣り客や密漁者が増え、テトラポットが増え、空家と空き地が増え、赤潮が増えた。一方、ミカン畑が耕作放棄地となって減り、元気な年寄りを見かけなくなり、我が物顔で闊歩した丸々と太った野良猫の姿も減り、「老人に注意」の看板はなくなり、綺麗な砂浜も、魚も減った。
 一番深刻なことは耕作放棄地である。細君は両親よりあちこちのミカン畑を相続したが、もうすでにその畑がどこに在るのかすべて把握できるものがいない。勿論登記簿を見れば分かることだが、現実に荒れ果てているだろう
畑を見ることが怖いのだ。農道に一番近く、最後まで亡き両親が広島から通いでミカンを作っていた畑でさえ既に
蔦・蔓や雑草に覆われ始め今や山に呑み込まれようとしている。
 私自身が相続した(押し付けられた?)島根の土地も同様である。田は地元の人に貸しているので良しとして、
畑の方は、山際にあった畑はもはや山の一部となり、農機具小屋は雑草の中に煙っていて、容易に近づけない状態
になっている。昨年農道に近い畑で休日を利用しての野菜作りに挑戦したが、夏の雑草の生育スピードに完全に負けてしまった。秋、草を刈りながらさつま芋の収穫となった。
 大島の畑、島根の畑。双方とも守るべきだが、今はまさに徒手空拳の面持ちである。思いよりも、自然の回帰能力の方が断然勝っている。
 <春はまだ>
 ミカン畑へ続く農道そのものが既に藪に覆われ始めている。この時期にである。夏の様相が目に浮かぶ。フキノトウが出るはずの場所に行くのに、枯れた雑草をなぎ倒しながら道をつくりながら進む始末。フキノトウはまだ出ていない。昨年6月に収穫した梅の木の花もまだ固い蕾だ。今年は寒かったのだ。


IMG_2897.jpg
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田中スケロク商店
外入の通りにあるお店。色んなものを売っている。農業用品はここで買う。昔、タバコを吸っていた頃は、お世話になった。店名のロゴが結構オシャレ!いつもこの看板を見て微笑んでしまう。
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外入の漁港 この湾内とか波止でかっては良く魚が釣れた。夕焼けが美しい。

フランス絵画を見る

ひろしま美術館
ひろしま美術館で絵画を鑑賞

 2月27日までひろしま美術館で開かれている『セーヌの流れに沿って』と題した印象派の画家と日本人の画家の絵を見に行った。駐車場6台しかなく、(歩いて来いということか)。ぐるぐる周辺の駐車場を探している内に、ぐるっと廻って美術館の前に来た所、偶然空きスペースができた。”ラッキー”。孫をベビーカーに乗せて遠くの駐車場からテクテク歩いて来るのは辛い。
 何十年ぶりかで美術館に来る。そもそも人から入場券をいただいたから絵を見に来れたようなもので、まず、自らがお金を払ってまで美術館に来るほどの好事家ではない。ともあれ平日なのに結構入館者は多い。やはりご年配の、それもご婦人の方が多い。”こういう時間の使い方のあるのか・・・・・”と改めて認識。
 セーヌ河を題材にした絵画の展示室は若干暗いのではないかと思った。
やはりシスレーとモネの絵が一番眼に焼きついた。モネの"水面”と光の扱い方は絶妙。これは凄い。それと何の変哲もなく思われるアルベール・マルケの『夜景』の前で、絵に覗き込んだり、離れたりして楽しんだ。真近で見ると、悪くいうと子供の絵、少し離れると黒い闇にも色があり筆を叩きつけたような黄色のタッチは夜の街の光芒に見える。計算しつくされた凄い絵だ。
 別の展示室では印象派、ロマン派、いわゆるパリ派、フォービズムの絵画4つの部屋に分かれて展示されていた。
ここではヴラマンクの『雪景色』の沈鬱なタッチが気に入った。シャガール、ロートレックとローランサンは私の好みだ。孫が泣き出すことはないが、ぐずり出す。抱いたり、ベビーカーに乗せたり、”玉子ボーロ”を与えたり忙しい。
 美術館に似合わないこぶ付きの二人ではあったが、それなりに眼の保養になった。
下の写真は中庭からクレド方向に向けて思わずiphoneで撮った写真。久しぶりの晴天で美しい空だった。
学生時代の一時期、油絵にのめり込んだこともあった。テレピン油の匂いとその頃好きだったピンクマッターと
クロームイエローの絵の具を絞り出した時の鮮やかな色が脳裏に蘇る。
 絵まで、また描きたくなる。
写真-1

ひろしま美術館 『セーヌの流れに沿って』
http://www.hiroshima-museum.jp/seine

急に伊東静雄の詩が読みたくなる

写真−伊東静雄1
伊東静雄の詩集を手に入れる
 先週の水曜日2月9日に府中町のダイヤモンドシティソレイユに細君と孫と3人で遊びに行った時、最近30数年ぶりに本格的に詩を書き始めていたからか、急に伊東静雄の詩集が欲しくなってソレイユ内のフタバ図書で探しに探したけれどない。そもそも往年の文学書がないのだ。最近の話題になった新作本は山と積まれているけれど
店内のパソコンで検索してもなし。取り寄せになるようだ。
 私は子供と一緒だ。欲しくなったら今すぐに欲しいのだ。「ひょっとしたら、金座街の古本のアカデミーにはあるかも知れない」と心によぎるが細君と孫の姿を見て渋々諦める。本を読むこともなく膨大な本に囲まれて暮らすジレッタンティズムが嫌になり「読みたくなればまた買えばいい」、「読みたければ図書館に行けばいい」などと安易に考えたのが今になって仇になった。本屋にないのだから。
 
 かくして「マイクロ風力発電機の設計と製作」以来久々のアマゾンの利用となった。
何冊かの古本がヒットした。思潮社の文庫にする。「ああ、持っていたのに」とここでも悔やむ。中原中也の詩集も清水昶の詩集も欲しくなる。だが、今回は伊東静雄だけで我慢我慢。

 今日2月14日に注文した伊東静雄の詩集が郵便ポストに入っていた。
有名な『曠野の歌』の最終連の 木の実照り 泉はわらひ・・・・・/わが痛き夢よこの時ぞ遂に/休らはむもの!
がとても好きなのだ。言葉を削るだけ削っては凛としたイメージが伝わる。私はいつも”この時ぞ遂に”よりこの時ぞ終(つひ)に”に何故しなかったのか考えたものだ。私なら後者を選ぶ。

 『氷れる谷間』の最終連の 氷りし魚のうす青い/きんきんとした刺は/痛し!寧ろうつくし!
にも同じようなイメージが浮かぶ。”痛し!寧ろうつくし!”というイロニカルな言葉に痛々しいまでのロマンと美学を感じる。”美し”でなく”うつくし”という言葉に余韻がある。”刺”はどうして”棘”でないのか?

 詩全体としては『冷たい場所で』という僅か10行の詩の方が好きである。また『水中花』の最終2連は恐ろしいほどうつくしい言葉を選んでいる。

テーマ :
ジャンル : 小説・文学

春はまだ・・・・。

春はまだ 
2月6日 日曜日
 今朝、細君と安佐北区の八木の梅林に行く。梅の花を見るためだ。車はスポーツデポに駐車させてもらう。(最近、良く利用していますので勘弁して下さい。そろそろジョギングシューズ買いたしますから)カメラとスケッチブックは持参。
昨年は見に行くのが遅かったので散った後で、ほとんど花はなかった。一転して今年は早すぎて、眼を凝らして
見ないと分からないほどの咲き方だ。殆どが硬い蕾で"春"を噤んでいる。来週の土日は見られるかな。
 周防大島のミカン畑に植えた梅の木が昨年立派な梅の実をつけたから、そろそろ島の暖かさからすれば花開いている
ことだろう。来週は、フキノトウを取るついでに見てこよう。

 春のきざし

たまごご飯
 その後、近くの[庄原の産直市」へ行き、野菜やこんにゃくを買う。隣の食堂で”たまごご飯定食"を食べる。結構美味しい。丼飯を1.5杯食べる。還暦のおやじが食べる量ではない(最近は運動が足りているので、良く食べるが腹はスリムのままBMIも20.2〜20.3)。なんとなく、素朴で食が進む。卵もご飯もお代わり自由が嬉しい。懐かしい卵の味と、田舎風のキンピラこんにゃくと和え物が嬉しい。漬物は古漬けで酸っぱさもあり評価が分かれるところ。500円の価格も嬉しい。

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Author:karehaiori
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